【細見って?】
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▼自己▼
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昭和38年1月・京都市右京区京北出身(※H17.4統廃合により京都市右京区に変更)

【尊敬する人】 田中角栄
※理由 大きな志と人間味、決断・実行力

●4歳の時に、母親の運転する自転車が、崖付近でこけたため、前のかごに乗っていた私だが、間一髪、奇跡的に落ちずにすむ。母親はその時真っ青だったらしい。
※九死に一生を得る。ほか計3回ほどあり、その都度、自身の強運も養われていく。
●小学校時代に農林業を営む家業=自分の将来像?
それに疑問を持ち、世の中に役に立つ人間になろうと社長になるという夢がスタートする!!
●中学校時代は、学校のウラ山でサボったり、わらび取りして売ったり好奇心が旺盛な時過ごす。。
※唯一自慢できる点は数学3年間オール5。
●高校時代は野球部で甲子園目指す。
※3年生の夏の大会前に足を骨折。悔しさのなか大きな挫折感を味わう。
●大学時代はテレビに2回出演(ラブアタック他)※ラッキーなことにグアム旅行当たる!!
●北海道を車で一周。インド1ヶ月の一人旅など慣行。好奇心旺盛な時期を過ごす。
※社会人になって自由の女神ってどんなロケーションに立っているか知りたくて、ニューヨークに行く。
●大学卒業後、潟潟Nルートに昭和60年入社。
※経営者に遭えることを夢見て、アルバイトからスタート。
●大阪北営業所〜京都支社、平成元年新宿支社に転勤。その後市場開発部立ち上げに参加。
※持ち前の負けん気で契約社員→社員昇格→課長昇進(27歳)。
おかげさまで業績は個人・営業所ともトップクラス。まあ人の倍動いていたので売上げもあがるはず。
●2課兼務の課長職を経て、結婚と同時に独立するため退職。
※課長職等のポジションでもあったため退職まで約1年かかった。
●平成4年10月、29歳で潟Lイストン設立する。
当時は家内と2人。もちろん従業員は私たち2人だけで毎日深夜まで・・・。
※バブル崩壊にも関わらず、自分の夢実現したいため会社設立。今考えると独立と結婚となんと無謀な。家内には大変心配かけまくり。

過程1).社長になって何をする?キイストンの理念や目的・方向性に試行錯誤の連続。
過程2).退職者や売上不振、いろんな面で苦労したが、夢と元気だけは忘れず・・・。
過程3).エム採用等の自社商品、また取締役の武田のリリースにより多くの掲載記事取り上げられ、認知され始める。
過程4).キイストン初のテレビCM放映する。
※こだわっていた内容仕上がり大満足
過程5).アトラス様・カナモト様・夢真様・ウィルソンラーニング様・三光ソフラン様含め多くの皆様からご出資頂き、それを機に拠点拡大し、現在に至る。

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